医療法人札幌太田病院創立62周年記念特集 山口喜一関連文集
夏枯草 医療法人札幌太田病院創立62周年記念特集山口喜一関連文集
夏枯草
HOME 山口喜一本人の筆跡 関連文集 プロフィール
    関連文集
1929年12月25日発行 「山口寿一(子息)追悼文集 夏枯草」より
   寿一さんと私と入院
    ([記]伊藤誠修 「対ガン事業へ」)
伊藤誠修の寿一との近付きの馴れ初めから闘病中の様子を語ったものです。

寿一さんと私
 山口さんから吃音矯正会の卒業式に行っては呉れまいかと誘われたので私は成田山の寺内にある吃音矯正会に行った事がある。道々山口さんから令息寿一さんが北大医学部の一年目の学生である事や弁説が巧みでないので困っている事などを聞かされてその式に臨んだ。幾組かの演説があってから白絣を着た青年が壇上に現われて演説をした。私はその人が寿一さんである事を初めて知った。演説の内容はハッキリ覚えていないがなんでも青年の覚悟といったような事柄であった。態度と言い、口調と言い、なかなかの出来であり能弁であった。あとで山口さんから元気づけの為に本人へ直接批評して呉れとの頼みであったから、手紙や口頭で批評した。是れが故人とのちかづきの初めで、それから私が大学出入記者となった時丁度寿一さんも医学士となられた。山口さんから寿一さんの成績を聞かれたので私は調べた。寿一さんは一二を争う好成績であった。之には山口さんは相恰をくずして喜ばれた。それからは研究に余念がなかった。自分は度々、実験室で会う機会があった。何時もコツコツやって居られる。「御精が出ますね」「イエイエ」「論文は進歩しましたか」「否」何時もこんな風で余り口数をきかない。今博士に会って寿一さんの模様を聞くと「あまり勉強が過ぎてね、身体でも悪くせねばよいが」とそれを懸念されていた。

 少年野球の救護班の用事で会うと「大いにやりますよ。出来るだけ繰合せをつけます。薬品はどうなっていますか調べます。不足分はこちらで補充しますが、金はそちらで払って下さい。送り迎えは自動車で頼みます」
会話は頗る簡単で率直、そして要領を得て居た。
用事で、山口さんに、お宅でお目にかかってのある夜、山口さんに勤められるままに、寿一さんと碁を囲んだことがある。
「だめだめ僕なぞ相手になりませんよ・・・・じゃやりましょうか、井目置きましょう、習いたてだから」
今は何目置いたか覚えていないが(自分とてざるに輪をかけた腕であるから)互角の勝負だった。その後は可なりの進境を示したとの事であった。


入院
 寿一さんが去年の暮れから病気にかかり頓に病勢が進み、山口さんから私にお話のあった時分には大分衰弱していた。
「寿一が大変衰弱しているにも拘はらず入院しようと言わず、実に困っている。之を説きつける為には今先生にお願いして見ようと思うが、君も一緒に行っては、呉れまいか」

 こうした相談のあったのは、本年四月三四日頃と思う。それで今博士にお願い致しました所、早速承諾してくれ、その日の中に壽一さんを説きつけて、大学病院に入院させる事にした。所で寿一さんは有馬内科に入院したい希望であつた困った事には有馬博士は学会に行きまだ帰らない。仕方なくそれを待つ事にした。山口さんは有馬先生はまだかまだかと聞く。一日も早く入院させようとの親心。八日の午後有馬博士が帰ったので、すぐその晩診察して貰った所、癌の疑いがあるが腹膜炎のようだ、此年の若さでおそらく十中の八九迄癌ではあるまい。何れレントゲンで見ようとの事であった。翌九日正午いよいよ有馬内科に入院する事になった。自動車から出られた寿一さん、それはやせていたいたしかったあゝ気の毒なものだとつくづく考えさせられた。私は碁を囲んだ以来今初めて会ったのだ
「暫らくでした。いかがです」

 寿一さんが担架に乗ってから私は挨拶をしたのです。「えゝ」とばかり心なしか、答礼の微笑があったようです。私は余程の重傷だなと思いました。


前のページへ戻る
関連書籍
「北海道文学地図」
北海道文学館の10周年の折に北海道文学に関する論考を集めた本と文学地図です。北海道文学の手引きや文学の旅のハンドブックとして役立つことを願い刊行されました。
発行:1979年2月15日
編集:北海道文学館


「北海道回想録」
北海道開発に貢献された人々や、その遺族の方々の回顧録です。
発行:1964年2月1日
編集:北海道回想録


「北海タイムス三十五年史」
山口喜一が発刊した「新北海」を前身とする北海タイムス創刊35周年記念事業の一つとして1981年8月3日に刊行されたもので、戦後誕生しきびしい困難な時代を乗り切った代表的地方紙の歴史が記されています。
発行:1981年8月3日
編集者:佐藤肇


「北海道短歌事典」
北海道歌人会の創立25周年の記念事業として発刊された短歌辞典です。
発行:1980年6月30日
編集:北海道歌人会


本ホームページは山口喜一(1881-1969)が残した文献や関連文集の内容を掲載しているため、記載されている情報は当時のものです。
ページの上へ
本ホームページは、当時出版した書籍を紙が劣化する前にできるだけデジタルデータ化すること。
また多くの方へ、当時の状況を参考としてご覧いただける事を目的として製作いたしました。
また、当サイト内では敬称を省略しております。
  HOME | 山口喜一本人の筆跡 | 関連文集 | 山口喜一のプロフィール | 運営事務局
 
夏枯草