医療法人札幌太田病院創立62周年記念特集 山口喜一関連文集
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1929年12月25日発行 「山口寿一(子息)追悼文集 夏枯草」より
   血清の出来るまでと注射
    ([記]伊藤誠修 「対ガン事業へ」)
医化学者ならざる市川博士が苦労して作った血清と、その効力もわからぬまま兎に角病気を治したい一身で危険をおかしても血清を注射することを希望した喜一の心情が綴られています。

血清の出来るまで
 癌治療の血清はフランスではボテロー氏、日本では、慶応の川上氏が、両方とも馬の血液で製造し、試験と實際に用いている。

 牛の治癌血清の製造は世界に於て初めての仕事である。
 市川博士は癌の原因発生の研究を中止し、治癌目的にて血清を作る事になって、偶然にも癌の牛を発見したがその牛を手に入れる事が出来ず、試験の名により僅かに得た血液を以て医化学者ならざる市川博士が、血清を作るのであるから、容易な業ではない。試験管、フラスコ、分離器、ハカリなどを自己教室研究費の大部分を費して新に求め、血清の製造を初めたのであった。

  夜となく昼となく努力し、幾日目かに、血清が出来上った。大なる希望で兎や鼠にそれを試みた。処が数分で兎や鼠は斃れた。新たなる勇気を皷して、博士は更に工夫を重ね、別条で血清を製造する事になった。博士は学生の授業の合間合間に仕事をなすのであるが、多くは夜になって作業をなすので、帰りは午前一時頃になる事は珍しくない。
博士とその助手高畑学士は他の血清を作り上げた頃には、睡眠不足と疲労は極度に達した。二度目の血清は兎や鼠に試みられそしてショックを起さぬさまを見たときは、博士も助手も歓喜の声を挙げた。更に此血清の効力増進をなす段取り迄に進む事を得た。


注射
 効力試験と効力増進の方法がまだ済まぬが、兎に角血清は出来た。山口さんは市川博士に一日も早く注射する事を頼んだ、すると博士は一週間待って呉れとの事であった。そして待ち遠しい一週間は過ぎた。山口さんは私に一週間は過ぎた一日も早く注射を頼んで呉れとのお話しがあった、それではと、山口さんと私と同行、市川博士にお願した。では明日は今博士と相談の上西川博士にお頼みしようと話がまとまりその翌日市川博士と私は今博士と話し合い、今博士と三人連れで西川博士の教授室に伺った西川博士は
「病勢は余程進んで居るので、血清そのものに効力があるにしても、其効果が現れるかは疑はしい。そして血清注射は頗る危険の伴うものである、あの衰弱では注射中どうなるかも計り難いが、山口さんさえ承知なら」
「もう一度山口さんに念を押してくれ」
 と私への話であったから、私は山口さんに相談すべく立つと今博士は私を追い来り
「注射は剣呑であるから、君からも注射せぬ様山口さんに話して呉れ」
 と話される。私は山口さんを病室から呼び出してこうしたゆきさつを伝えると
「血清は確かに有害ではないか」
「血清そのものは有害ではないが、病人の衰弱が甚しいからなんとも言へません」
 山口さんは緊調し切って奥さんに相談されました。奥さんは
「どうせながくない命数なら、無理な事をせずに此儘安らかにゆかしたいと思います」
 と話される。
「寿一の為に特に市川さんが心血を注いで造られた血清、研究の結晶を注射せずに、徒労に終わらしめたくない、注射によりたとえ、一日や二日の寿命を短かくするも、それは却って医学者たる彼の本懐ではないか」
「左様で御座いますね。注射して戴く事に致しましょう」
 山口さんは私に対し
「注射する事になったから左様お伝えを願います」
 と悲肚の決心を示されました。

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