経過
私は山口さんの決心は血清注射して戴きたいという事を、西川博士に報告すると其れでは注射するが明日にしようとの事になった。
翌日は来た。二十二日午前十時ごろ西川博士は注射器を携へて寿一さんの病室外で山口さんに、もう一度念を押した。
「血清注射は注射中どんな変化が起きるかもしれぬがやりましょうか」
「やって戴きます」
山口さんはキッパリ返事をした。西川博士は三十立方センチメートルの三分の一の血清を先づ寿一さんの右腕の静脈に注射せんとしたが、静脈が細って出来ぬので、更に左腕に試みた。山口さんも奥さんも、ジイッと寿一さんをみつめまばたきもしないで注射中の異変が来ぬので一同ホッとする。私は市川博士に電話をかける。お話中で、注射後三十分過ぎにやっと通ずる。市川博士は
「結果は」
「異変はない」
「さよかそれで安心した」
市川博士も胸を撫で下した様子である。その日も別段病変はない。翌日も変りがない。此儘でもう一ヶ月も続き数回の注射をなすことを得ば或は生命を取り止める事が出来るかも知れぬと、空頼みをする様になった。
臨終
血清注射後の経過は別段変りはなかった。何しろ衰弱し切った体と極度に大きくなった胃の中の癌を想像された。胃瘻から入れる滋養は一合五勺から一合足らずに減った。一合足らずの流動物を入れる事さへ寿一さんは胸が重苦しいを繰り返へされた。それに夜は、安眠が出来ぬので注射を二回もすると言った有様であった。が割合に心臓と肺がしっかりしているとの事であった。
二十六日朝山口さんの使いで、急いで、病院に来るようとの事であった。此使には私はハッと驚いた。そして何物をか予感され心苦しかった。
あわただしく病室に駆けつけると大勢の人が枕頭に待して居た。その中には今博士も見られた。病人は、僅かに呼吸を続けて居るばかりであった。酸素吸入をかけて居った。私は模様を今博士とかかりの医師にたづねた。此分では永い事はあるまいとの事であった。
西川博士も見えられた。そして注射をされた。が寿一さんは口をあけたきりで引く息が多かった。今、西川の両博士と私は西川博士の教授室に行き病状を話してると、婦長があわただしく駆けつけて、様子が変りましたと報告する私等三人も急いで病室にかけつけた。西川博士は直ちに脈をみ眼をみ、そして最後の宣告をされました。午前九時三十五分遂に逝ったのであった。
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