医療法人札幌太田病院創立62周年記念特集 山口喜一関連文集
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    山口喜一と子息寿一について
 寿一は明治36年10月に喜一の長男として生まれ、まさに掌中の玉として大事に育てられ、又、寿一も父の期待に良く応え医学士となり、将来を期待されていましたが、昭和4年、27歳で胃がんに倒れました。父、喜一は息子寿一の成し得なかった夢や希望を思いガンという不治の病を呪い、これを敵とし、ガン治療を目的とする研究と、実際運動に対して当時のお金で一千円という大金を寄附しこれを元に北海道対がん協会が全国に先駆けて設立されました。

    山口寿一プロフィール
医学士 山口寿一
明治36年10月20日
福島県大沼郡富士川村大字藤家館村に生る
明治39年6月15日
北海道旭川町に転住
明治40年9月3日
札幌区に転住
明治41年
御春札幌幼稚園に入る
明治43年4月
北海道師範学校付属小学校に入学
大正5年3月
同小学校卒業
大正5年4月
庁立第二中学校に入学
大正9年3月
同校4年修了
大正9年7月
北海道帝国大学預科(独学級)へ入学
大正12年4月
同大学医学部に入学
昭和2年3月
同大学助手に任じ5給俸給興せらる
昭和2年6月
医師免許状を下附せらる
昭和4年3月
病気入院に付き北海道大学助手を辞し同時に同副手を嘱託せらる
昭和4年4月
内閣恩給局より恩給金若干を給興せらる
昭和4年5月26日
胃がんの為め北海道帝国大学付属病院西川外科病室に於いて死亡。享年27歳。

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山口喜一の書籍
「夏枯草」
 子息山口寿一が亡くなった後に出された、潔く晩春の頃、夏枯草の白い花のように枯れて行った故人の追憶集です。
発行:1929年12月25日
著者:山口喜一

「老新聞人の思い出」
 新聞人としてその生涯を新聞にかけた山口喜一が、そのきっかけから特に思い出の深かった出来事や人物について述べている一冊です。
発行:1957年6月5日
著者:山口喜一

本ホームページは山口喜一(1881-1969)が残した文献や関連文集の内容を掲載しているため、記載されている情報は当時ものです。
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